今度は般若
「とても元気でいらっしゃいますよ」
ドキドキしながら、母に顔を見せます。
ちなみに、介護施設はもうとっくにワクチンは二回とも終わっています。
あちこちで聞くことですが、ほとんどのかたがかかる、二回目のワクチンのあとの高熱や体調不良、お年寄りはほとんどないのだそうです。
施設も同じで、体調不良で参ってしまったのはみんな、介護士さんの方だったそうでした。
前に見た時の、とても和やか、仏様みたいな顔をしていた母、そのイメージがあったので、とても会うのが楽しみでした。
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少し遠いのに、私の顔を見た途端、母の顔がさっとこわばったのが見えました。
はっきりと認識したようでした。
般若だ!
怒りと驚きとが一緒になった、すごい顔をしていました。
髪の毛もさっと逆立っているように見えました。
とても不愉快なものを見たという感じです。
怒ってる。
やっぱり怒ってるんだ。
と、瞬時にそう思いました。
コロナで会いに来れないことなんて、おばあちゃんには分からない。
こんなにほったらかしで、捨てられたと思っていたに違いない。
「誰?わからん!」
お母さん、と呼びかけるのも、ドキドキして胸が痛くなりそうでした。
介護士さんが、
「娘さんですよ」
と呼びかけてくれますが、
「マスクつけてるから、誰かわからない」
ずいぶんはっきりした声です。
ちっともボケている風ではありません。
「誰かわかりませんけど、さあどうぞ、帰っておくれ!」
きっぱりと拒否して、手を振りました。
「娘さんですよ」
「知らん。わからん。マスクしてるから。でも、そのことと、私の娘であるっていうのはまた別の話!」
すごい、はっきりとした声でした。
ピシャッと、叩きつけるように言います。
それからは、
「知らんわからん」
の繰り返しでした。
おばちゃんのことを話してみようとします。
妹の名前なら憶えているだろうか。
「知らん!誰」
これは……ついに来たのだろうか。
忘れてしまった……?
母は、取り付くしまもなく、車椅子に座っていたのですが、何と一人で立ち上がって、廊下を歩いて部屋に戻ってしまいました。
介護士さんがおいすがって、腕を取ろうとしますが、ぱっと拒否してすごい勢いで振り払って歩いていくのが見えました。
小部屋に戻ると、ケアマネさんが気の毒そうに言います。
「これは、誰もが通る道ですから。私の父もね、わからなくなって…」
そうですねとしか答えられません。
痴呆のために、母が私を忘れてしまったという意味であることはわかります。
しかし、帰り道に考えました。
車の中で運転しながら、一人なので、声が出ました。
「もー!だから!怒ってんじゃん!やっぱり!会えないから!」
どうしても私には、母が私を完全に忘れてしまっていたとは考えづらかったです。
あの怒りの表情!
母は生きてるんだ。
半分、生き仏になってしまったような、優しくて美しい母は、どこかもう半分天国に行ってしまったみたいでした。
これが、最期を迎えるための準備なのかと、奇妙に寂しい気持ちになりました。
けれど、怒っていて般若のような顔をしている母は、あまりにも懐かしく、あまりにも身近でした。
母の中に感情が生きていて渦巻いているということをはっきりと感じさせました。
そして、やっぱり寂しかったんだ、母は会いたかったし、薄情者とわたしを怒っていたんだと、思い知ったような気分でした。