田舎の親戚一同の集会
久しぶりの親戚一同。
会食は和やかなものでした。
昔から、親戚の会食の場というのは若干苦手でした。
ですが、今回はみんな、会えて良かった、帰ってきてくれて良かった、良かったと言ってくれました。
心がこもっていました。
何だか、みなさん、
「これが最後なのではないか」
という一期一会の思いが強くなっているようです。
田舎の親戚一同の集会というのは、なかなかエグいものです。
エグさはエグさで、やはり相変わらず存在していました。
次第に、昔はまったく見えなかった違和感のようなものが、変化して、表面化している所があります。
「本家」のおば夫婦の自慢話におなかいっぱいになってる「お嫁さん」のおばたちの表情…。
今となっては、みなお年寄りなので、笑って穏やかに聞けますけど、そういえば母がいつも怒ってたなあ。
その自慢屋!いらんこと言い!どうしてそう無神経なの!
はいはい、はいはい、ねえちゃんがまた怒った!
明るくて優しい、いいおばなので、昔は
「どうしてそんなに怒るのかな?」
とよくわかりませんでした。
その母も、超~うるさい、「本家の長女の怖いあねさま」です。
母のテンションが上がると、ここは親戚一同の全員が全員で
「はいはい、おねえさんには何もさからいません!はいはい、ぜんぶおねえさんが正しいです!」
というのがデフォルトでした。
母は、女王様でした。
いかにも田舎な世話好きがいいほうに働くこともあるんです。
例えば残された立場のおじを、その明るさで精神的に力づけるだとかです。
* * *
おばちゃんが、亡くなったおばにいちばん最期に会った時のことを話してくれました。
ガラス越しに会って、わかっているのだかわからないまでも、あれこれと会話をしてみたあと、最後にさよならをするとき、
「じゃあ、これから帰るの」
と言われたといいます。
その言葉に、はっと胸をつかれたとのことです。
うちに帰る、というのは、施設に入っていたおばは、自分も含めて、と言いたかったようでした。
これから自分も含めてみんなで、懐かしい我が家に帰る、帰ろう、と言ったようなのです。
ああ、そんな言葉を聞いてしまった時の気持ち。
わかる、わかりすぎる…!
話の途中で、末のおばは、
「おじちゃんが、優しくないから。あたりがキツかったから。おばちゃんはつらかっただろう…」
と言います。
これは、深く考えてしまいました。
家で、優しく、おだやかに過ごさせてあげたかったおばちゃんの姉妹を思う気持ちは、とてもよくわかります。
ひとことだけ恨み言も言いたい、という気持ちもわかります。
しかし、おじちゃんは毎日、介護の生活をしていた。
生活、というひとことのその裏に、トイレひとつにしても、起こすのが大変で、お風呂もグッタリとなった人の体を扱うのが大変で、怒鳴ったり、放置してしまったりすることがあったこと…。
解放されたいと思ったことがあったということを、わたしはよくよく知っています。
どちらも、本当ですが、両立はできない。
葛藤です。
(そう、葛藤なんだから、どちらの気持ちもあるんだから、そんなことあえて口にするべきではないのよっ!)
という、母の怒る声が聞こえてきそうです。
しばらく母に会えていないことと、親戚一同たちに会ったことで、かつての母がわたしの中でよみがえってくるようでした。
おばの発言の是非はともかく(言っていることが間違っていないのも事実です)、そのことが、なんだかとても私には、うれしかったです。