今日もまた違う一日

今日もまた違う一日

おばあちゃんが認知症になった時のお話です。

クレーマーになりそうで


 

病院の先生と、話し合いの場を持つことになりました。
母が骨折をして、これから寝たきり生活に移行する可能性が濃厚になったことで、色々と調整が必要になったようです。

 

母に電話をしていいかと聞いたものの、これまで何となくせずに来ました。
この前の病院がショックでもあり、大変だったというのもありますが、かけられない気持ちになっていました。

 

というのも、かけてしまうと、どうしても施設のかたに文句を言うか、クレームをつけてしまいそうで、その気持ちを抑えていました。

 

 

 

 

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おばあちゃんが認知症になったお話 → 目次

 

 

前に転んだときも、誰も見ていなかったといいます。
転ぶたびごとに、さあこれまでだという風に、お医者さんも施設も、まるで「寝たきり予備軍」のように扱うのですけど、母はそのたびに復活してきました。

 

今度だって、末期がんの診断を受けていても、それでも歩いて私の家に来ることができるまでになっていたのです。
それなのに…。
 

 

ずっと見ていることが不可能だというのはわかります。
お年よりのお世話がものすごく苛酷なのもわかります。
母が動きすぎる人なのもわかります。

 

とてもわかるのです…。
でも、それも全部、仕方ないことだと目をつぶってきました。

 

多少の無理を言って、コロナの中でも、こうして会わせてもらっているのだから、という気持ちもありました。

 

迷いながら親会社の企業のプレスリリースを見てみました。

 

確かに、面会禁止は、去年の一番盛り上がっているときに、一度広報されていました。
しかし、11月にいったん、解除されているのです。
面会も、時間や頻度など、細かく設定されていはいますが、守れば毎日行くことも否定していません。

 

そして、この緊急事態宣言においても、新しいプレスリリースは出ていないのです。

 

何だか、ずいぶん、バレたら首が飛ぶぐらいの勢いで、
「会わせているのは基本反則だから!!」
ということになってましたけど、
外出はどうかわかりませんが、会うだけならそんなにも禁止される理由なんてないんじゃないか、と思い始めました。

 

なので、どうにも電話できずにいました。
気持ちがおさまらないので…。

 

そこに病院の先生との打ち合わせの連絡が入ったので、なお心が乱れてしまいました。

 

たぶん、すごく何か言ってしまいそうです。
守れば「濃厚接触者」にもならない状態での面会を、あれほど禁止される筋合いはない!ということ…。

 

そして、面会禁止をしてまでコロナを入れまいとしたとしても、「見ていなくて転んで骨折」した上に、病院に行けば、救急では本当にコロナであることが明白な患者さんとすれ違う。

 

そっちの方が、ずっと感染するリスクは高いのじゃないのか?
何のダブルスタンダード
何の根拠?
プレスリリースにも出ていないのに?

 

たぶん、介護ベッドには変えないといけないでしょう。
ベッドの処分はご家族が、という感じです。

 

ならばオムレットくんに話さないと…。
私ひとりでは解体したり持ち出したりとてもできません。

 

オムレットくんに話してみました。
すると、オムレットくん…。

 

またしても、怒り出しました!

 

「あの施設は、転倒も見てなくて、病院には家族に行かせて、コロナにかかる危険を冒させた上に、ベッドをどけたいからって、じゃあ毎日東京に通ってるぼくを、ホイホイ中に入れるっていうの!?」
「・・・・・・」

 

そんなこと言われても、と思いますけど、ごもっともです。

 

「どんだけ勝手なの!?都合よく使い分けて、それでコロナが出て、ぼくのせいにされたらたまったもんじゃないんだけど!」

 

今回はそうとうにおかんむりです。

 

 

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声の大きい意見

 

さて、おばあちゃんを施設に送り届けてから2日ほど経ちますが、やっぱり今回の最大のショックは結局、病院の救急でニアミスしたコロナ患者の方でした。

 

オムレットくんに話してもやっぱり

 

「ギョエ~!」

 

という反応でしたので、現場がどれだけ冷静だとは言っても、風評被害というものは十分に存在するだろうなと自分の反応からして思い知らされました。

 

もう今更、いつ誰がなっても(自分やオムレットくんがなっても)驚かないと思っていたのですが、やっぱり…実際に身近に迫っていると思うと、やはりウイルスに感染したくないと思ってしまいました。

 

 

 

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会社で話をしていて
「だって周りを見ていても、(うちの会社でも)全く、何一つ、緊急事態宣言をきくつもりなんてないよね」
という結論に達しました。

 

いつも勢いのよい、会社のしろくまさんは丁度この騒ぎの間お休みをとっていました。

 

しろくまさんはとても声が大きくてよく響くので、お休みされてる間は、とても静かに仕事ができていてとてもありがたかったのです。

 

残念ながら私がおばあちゃんのことで慌てている間に、お休みは終わってあっという間に出社してきていました。

 

おばあちゃんの骨折のことを伝えると、しろくまさんはまあまあなアホタレなので、

 

(こんなところでこっそり悪口を言って申し訳ないという気持ちと、言われても仕方ないだろうという気持ちが交互に混じり合っています)

 

ものすご~く、でっかい声で
「そんなこと言ったってさ、こんなこと言っちゃ悪いけど、じゃあ明日から家に連れて帰ってご自分で面倒見てくれますかって言われちゃうぜ」
と、言い放っていて、すごくムッとしてしまいました。

 

別に自分の心の葛藤を詳しく打ち明けたわけでもなく、現実に打ちのめされたことを伝えたわけでもないのにです。

 

ただ、「おばあちゃんが目撃者なく骨折した」と伝えただけで、しかも人のことなのに、なんでそんなことをしかもでかい声で言われなきゃいけないのだろう。

 

これは完全に八つ当たりです。

 

自宅で見られないからといって、放置して骨折(それももう何回目!?というほど…)するのも黙っていないといけないというのは違うと思いますー!!

 

 

 

往々にして会社などでは、このような全く悪気のない不注意発言がよく飛び交っていて、嫌になる時がたまにあります。

 

普段は流すようにしているのですが、やっぱり心に余裕がないと、もう我慢が心の口から零れそうになってる時タイミングよくこういう発言が真っ向から投げつけられるのです。

 

先日、ネットの今大人気のコミックエッセイのひとつを見ていると、4秒見ていなかっただけでお子さんが大変なことになったお話がありました。

 

椅子の脚にふざけて頭を突っ込んで取れなくなってしまったのです。
子どもあるあるです。

 

勘違いから刑事さんまで呼ばれてしまい、事件性がなかったにも関わらず、捨て台詞のように
「お母さん自分のこともほどほどにね」
という風に言われたという話です。

 

目を離したのはわずか4秒。
子どもが自らはまりこんでしまった出来事。
それを、「自分のこともほどほどに」なんて言われて、これまで頑張ってきた気持ちが折れてガタガタになってしまうというお話…。

 

これはタイミングよく読んで、わかるわかる!めっちゃわかる!と激しく共感しました。

 

コミックエッセイが流行るの、わかります。


誰かに話しても、仕方ない流すしかないという返事しか返ってこないのは当然分かっているし、努力しているけれども腹の虫がおさまらないから、こうやって言ってるんだよとげんこつで机を叩きたくなる時があります。

 

というわけで、今日は大変、機嫌を悪くして帰ってきたのですが、一人で家にいるととても寒く、いくら暖房入れてもちっとも温まらなくてブルブルしていました。

 

お風呂を入れたいけれど、買い物にも行かないといけないし…。
片付けをしないといけないし、洗濯物も取り込まないといけない。

 

オムレットくんは相変わらずおそろしく弁当を作って欲しがっているので、くるみくんだけなら「今日はパン買ってね、ごめんね」ということができなくなりました。
しかも、あと数か月でオムそばちゃんは中学生!
おそるべき、毎日絶対弁当生活のはじまりです。

 

そんなことを考えながら一人でいると、何一つやる気が起きなくて、とうとう子供達のゲーム機スイッチを持ち出してきて、遊んでみました。

 

しかし、冬のゲーム機というのはとても手が冷たくなります。
指がかじかんで、そこまで熱中することはできませんでした。

 

そのうち子供達が帰ってくると、一気に部屋が暖かくなりました。
不思議なものです。
やはり子供たちの体温は高いのでしょうか。

 

 

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やっとのことで

 

状態を抵抗しながら起こしますけど、すきあらば寝ようとします。
本当に具合が悪く、キツかったんだと思います。

 

さらに、この母が寝かされていた部屋ですが、すごい暑さでした。
汗が出てくるほどの猛烈さです。

 

サウナ並で、ここにずっといたらそれはぐったりしてしまうはずだとも思いました。

 

思い切って、母を無事な方の足側から、だっこです。
もっと骨折した足に負担がかからない、上手い方法はあったのかもしれませんが、仕方ありません。

 

 

 

 

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こうしてみると、一応体は浮きましたし、そこまでものすごく重い感じはなかったです。
問題は降ろす時でした。

 

どさっとならないように静かに降ろすことができるほどの力もなく、母も機嫌が悪いので、半分ひっかかるように車椅子に落ちました。
まあまあ最低な状態です。
とても骨折した親にやるようなことではありません。

 

しかし、防護服をつけてあれこれあたっている看護士さんを呼ぶ気にはとてもなれませんでした…。
ここで、「介護的に正しい、負担のかからないからだの起こし方、なんとか法」を検索して練習する気にもなれませんでした。

 

やっと車椅子におろしたその体は、動く気がないのでものすごく重たくずっしりとしていていて、私にはとても荷が重い…重すぎるものでした。

 

こんなものを背負わされてはたまらないぞとちらっと思いました。
うちで介護するというのは、こういうことです。

 

わたしは結局は、母がちょうど具合が良い時に都合のいい時だけ相手をして、辛いところは全部施設に押し付けているんだそう思いました。

 

施設は、これが日常茶飯時のはずです。

 

母は、ものすごくご機嫌ななめな顔をしていますけど、痛みが増したとか、骨折した所がなお痛むとか、そういうことはなさそうです。
具合が悪いのも、部屋を出ると少し回復しました。
あの部屋の暑さはいったい、何だったのだろう…。

 

私でさえ、気分が悪くなってしまいそうでした。
病院もそんな空調まで面倒をみていられない状態なのでしょうか。

 

車椅子の扱いは、最初はとても不器用だったのですが、母が乗るようになってから(しかも今日さんざん扱ったので)だんだん、うまくなってきました。
いまや、ブレーキをするのも、足のせの台をも、畳むのもさっと出来るようになりました。

 

母は相変わらず、車に乗るのをいやがりましたが、あのベッドから降りるときほどのひどい状態ではありませんでした。
一応、踏める足はしっかりとふんばってくれましたし、乗ろうという気持ちを見せてくれました。

 

持ち上げようとしても持ち上がらないほどのあの、ずっしりとした肉の重みのようなものはありません。
寝たきりの人になると、あの重みがいつもなのだろう。

 

ぐったりと疲れていることには変わりないので、そのまま施設へと運びました。
何しろ、二人とも何も食べていません。

 

本当は、おなかもすいていることだろうし、うちに来てもらって、お味噌汁なりとも出してあげたかった…。


今度はまたいつ会えるかわからない…。

 

母が戻ると、皆が総出で出てきて、平謝りでした。

 

しかし、寮長さんはやはり、口ではもごもごと謝るのですけど、フロアの責任者のかただけを(そのかたが骨折のときはいなかったことを私は知っています)前に押し出すようにして話を聞くようにうながします。

 

もう割と長いので人間関係も見えてきてしまいます。
寮長さんは自分以外の人になるべく対応を押しつけようとします。
(それを「教育」と呼んでます)

 

ほかのかたは、本来なら寮長が対応すべきことなのではないか、と内心思っている様子がすけています。

 

三者が日常的に入っていれば、ある程度緊張感も出ますけど、これが密室になってしまい、コロナの対応の消毒などの負担も増えてしまうと…。

 

(そもそもが、つめを切っていない、ほこりがついていると、割と不潔な感じであるのに…)

 

もやもやは尽きません。
 

うるさいと思われても頻繁に電話をかけてみることにしよう、と思いました。
施設にはごめんなさいです。

 

母のいる上の階では、また大音量で、昔風の音楽が流れていました。
母が「田舎臭い」と言ってすごく嫌う雰囲気です。

 

しかし自分も頭痛に耐えかね、家に戻って頭痛薬を飲みました。
一応、頻繁に熱もはかり、これは変な話ですけどコーヒーを嗅いでみたりしています。
変化はみられません。

 

 

 

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連れ帰ろうと奮闘

 

陽性でも、入院が明らかに必要なさそうな無症状だった場合はどうするんだろう!?
普通に帰るのかな?
車がなければバス?

 

保健所の言ったとおり、マスクをしていて距離をとっていれば、バスに乗っていても、濃厚接触にはあたらない?

 

何かこれはもう、蔓延を抑えられるような気がしません。

 

自然の摂理としてもう無理です。

  

 

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ちょっとびっくりがおさまったあとは、またしてもフツフツと腹が立ってきます。

 

はっきり言って、私がマスクをして母と話したり、うちに少しだけ来て、私は掃除をしている間、母はテレビを見ている。
...という時間の方が、不注意によって転倒を見てもおらず、病院に来てコロナ患者さんと同室で検査を受けるよりも、はるかにリスクは低いはずです。

 

責任!責任!と言うけれども、転倒は見ていない。
骨折の責任はとってもくれない。
会わせない上に、また爪は伸びている(うらみが...)。

 

そして母は、骨折ではあるのですがもう手術などは全体的を鑑みて無理だということでした。
痛みを紛らわせながら日々を暮らしていくしかないということです。

 

まあ、施設もだいたい、こんなことだとはわかっていたのだろう…と思います。

 

しかしモヤモヤは消えません。
そもそも母が動きすぎる人なことも確かで、施設にとってはやっかいな存在でしょうから、ずっと見ておけというのも厳しいのかもしれません。

 

部屋の位置もよくないです。
トイレのまん前なのです。

 

元気なときはそれが良かったのですが、今となっては、するっと入られても誰も気がつきません。

 

とりあえず、病院で母をみていて寝かせてもらっている間、払いをすませ、車を取りに行き、薬局でお薬をもらいました。
すべて、母を連れていては出来ないことです。

 

無理に車椅子に乗せてあちこち歩き回ればできるかもしれませんが、疲れてしまうでしょう。

 

お薬は、また拒食気味になってしまうかもしれないので座薬にしてもらいました。
優しい薬です。
アセトアミノフェンの座薬なんてあるんだと思いました。

 

やっとすべてが終わって母を連れ帰ろうとした時、母も相当にぐったりしていました。

 

待っていてもらった部屋には、誰もいません。
(一応、落ちないように仕切りはしてありました)

どうすれば、ベッドから、車椅子に降ろせるだろうか…。

 

疲れきっているので機嫌も悪いです。
ベッドから起き上がるのすら母は拒否しました。

 

「行かん。乗らん」
の一点張りです。
「そうもいかないのっ」」
「ほっといて。あんたはあんたのしなきゃならんことを先にしなさい」

 

これ、母の口癖でした。
こんな懐かしいセリフを久しぶりに聞いた気がします。

 

最初に説明されたとき、
「車で帰りますか。大丈夫ですか?帰れますか」

と先生も心配そうでしたが、一体、車で帰るのでなければどのようにして帰るのか、私が教えて欲しいくらいです。

 

車椅子つきのタクシーは、予約が必要ですし、来るのに時間がかかります。
 

何としても連れ帰らなければならないので、まずは何とかして上体を起こしてもらいました。
抵抗するので、逆に寝ようとする逆らう力も入っていて、鉛のようにずっしりきました。

 

お、重い。
むちゃくちゃ重い。
人間の体ってどうしてこう重いのだろう。

 

 

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救急へ

 

先生、
「ちょっと待って、電話してあげる。待合室で待ってて」
と言って大きな病院に電話をかけ始めました。

 

そして少したつと看護婦さんがみんなの前でこんな風に大きな声で言いました。

 

「りきさん、先生が救急車を呼んだので、もうすぐ着きますから待っていてくださいね~」

 

ええええええ!
嘘でしょおおおお。

 

 

 

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この狭い病院に一体どうやって?と思う間もなく、ピーポーピーポーと音が鳴り響き、素晴らしい早さで救急隊員の方がどやどやとやってきました。

 

大きな病院を紹介するって今か!
今なのか!
そうか骨折だから放置できないのか~!
バカは私だった!

 

この病院、狭い上に5階なんて高さにあるのです。
みんな見ています!


おばあちゃん、無言でいて顔も見えません。

 

とりあえず車椅子でそのまま降り、それから担架に乗せることになりました。
どやどやと降りるときに、靴を履き替えようとあたふたしていたら、おばさまがビニール袋をくれました。
「あんた、これに靴を入れなさい!靴を入れるものがいるわよ」
すごく有難かったです。

 

そしてあっという間に私も救急車に乗せられてしまいました。
家の横に路駐してあるままの車はどうしよう。
大きな病院から帰る時はどうすれば?
ですが付き添いは必要です。

 

私は何と、救急車に乗るのはこれが生まれて初めてです!

 

そんな経験なんてない方がいいですが、私も母ものんびりした時間から急に緊張に突き落とされました。

 

私は激しく頭痛がしてきました。
薬が飲みたい…。

 

しかしこれは、結果として病院の先生に感謝せねばならないことでした。
かかりつけ医さんから救急に運んでもらったので、すごい速さであっという間に診察を受けることができたのです。

 

もしこれが紹介状をもらっただけで一旦返されていて、予約を取ってから一般診療で診察していたなら、多分また何時間も何時間も何~~~時間も、ものすごい長さで待たなければならなかったはずです。
(多少、以前のうらみが入ってます)

 

母はあっという間に運ばれていきました。

 

それで、私は待合室で、気をもみながら待っていたときのことです。

 

救急の待合室で待っている人、私の隣の隣に座っている人の所に、全身防護服を付けた看護士さんが急いでやってきました。

 

といっても、救急のかたは全員、防護服をつけているので、それほど気になりませんでした。

 

すると、看護士さん、こんな風に言ってます。
「陽性でしたので、これから面会はできなくなりま~す」

 

!!!!

 

これはマジでやばいです。
こんなにも身近にコロナを感じたのは、初めてでした。

 

しかし、家族のかたも、看護婦さんも、実に淡々としていました。
「あっ、陽性ですんで」
「あーそうなんだ」
「はいそうですね」
というような、特に何か特別なことが起きたような感じではありません。
インフルエンザぐらいの感じでした。

 

でも看護婦さんは全身防護服なのです。

 

こっ…これが…最前線というものなのか…。
派手さも緊迫感もなくて、もう日常という感じでした。

 

そこで重ねて、周囲にアルコールスプレーをしてあわてて拭いてまわるという感じでもありませんでした。
周りの人も落ち着いています。

 

テレビのコメンテーターの鎮痛な顔とか、医療現場は悲鳴をあげています!!!!という感じはどこにもありません。

 

でも、この人のご家族はここから入院になってしまい、そこからはもう会うことはできないんだ…。

 

 

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なんじゃこりゃという感じなのですが、小田原城だったと思います...。
お城の壁ぬりの説明だと思います。

 

 

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病院の診察

 

さて行こうとして、ここでまた、はたと気がつきます。


車椅子を借りに行ってる間、母はどうしたらいいんだ…?
私がまるで能天気だったおかげで、まったく状況が把握できていなかったです。

 

あれこれ、後手後手でどうにも下手な対応でした。
もっと考えて動かなければなりませんでした。
母には車で待っていてもらい、いそいで取りにいきました。

 

お年寄りというのは赤ちゃんと同じです。
本当だったらいけないのでしょうけどこのままではにっちもさっちも行きません。
車で降りられないので、家で待っていてもらうわけにもいきません。

 

 

 

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以前から車椅子を購入すべきかどうか、すごく考えていたのですけど、車椅子生活の人の苦労というのが少しわかりました。

 

本来ならもっと前から具体的に調べて考えておくべきことだったのです。

 

車に待っていてもらって、鍵をかけて病院に急ぎます。

 

あとでオムレットくんに
「もっと近くの見えにくいところだけど、駐車場あるでしょ!」
と言われたのですが、街中のせまい駐車場なんて私はとても苦手です。
そして、結果的にはそっちに停めなくてよかったことになりました。

 

病院では、受付もすませます。
車椅子を持って車の方に急ぎました。

 

空っぽの車椅子を押して道路を歩いている私をみんな不思議そうに見ていました。

 

母は実におとなしく車で待っていてくれました。

 

片足がまだきちんと踏ん張れるので、車椅子に乗ってもらうのはなんとかできました。

 

そこから車椅子を押して病院に向かいました。

 

ここのところずっととても寒かったのですが、この時、急に太陽が差してきました。
なんだか車椅子を押して歩くにはとてもおさんぽ日和になりました。

 

もし、母がもう少し症状が進んでしまったら。
車であちこちに行ったり、うちに来てもらったりすることが出来なくなったら。
もしかしたら、このようにお散歩をすることはまだできるかもしれないという風に漠然と想像していました。

 

それはこういうものであるのかもしれないと思いました。

 

車椅子を押しながら、母となんとなんとなくおしゃべりをして歩いたこの5分間程度がなかなか楽しく、ちょっと機嫌良く病院に着きました。

 

整形外科に行ったことのある人なら分かってもらえると思いますが、関節の弱ってきたおじいちゃんおばあちゃんでいっぱいです。

 

ここは部活などのスポーツ系のトラブルで悩む若者も来るので、常に繁盛しています。
あらかじめ受付をしていたおかげで、割とすんなり入ることができました。

 

まずはレントゲンです。
レントゲンを撮るのと同時に先生がやって来て診察してくれました。
このフットワークの軽さがいいところです。

 

受付の時に、既往症のところにがんのことを書かねばなりませんでした。
なので、そのあと診察室には私だけ呼ばれました。
先生に、あれこれ聞かれながらこれまでのことをこれまでの経緯を順序立ててお話しします。

 

先生に話したおかげで、自分もあれこれぐるぐるしていた頭の中をまとめられました。

 

一週間前に、熱が出た。
同時期に、トイレで転んだようである。
そのことを誰も見ていない。
かかりつけ医さんから骨折の可能性があるので病院に行った方がいいとのことで、施設から電話がかかった。

 

「施設の方は病院には連れてってくれないんだね」
「はいそうです。いつも家族に連絡が来ます」
「そして転んだところは誰も見ていない」
「はいそうです」

 

レントゲンからは、多分骨折していると思われるけれど、やはりCTを撮ってみなければはっきりとはわからないとのことでした。
わからないということだから、やっぱりそれほど大事ではないのかな…?と思います。

 

「大きな病院の方に紹介してあげよう、紹介状書いて上げる」

 

ああ~。やっぱりか。
やはり、あのケンカした病院の整形外科にお世話になるのか。

 

だがしかし。ということは、また予約を取って通院する時におばあちゃんに会えるな!という風に考えました。

 

しかしこの考えは間違っていました。

 

 

 

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車椅子を借りる

 

出かけるときに、車で迎えに行ったのですが、(あとで考えると能天気でした)、ラジオがかかっていました。

 

「神奈川の保健所は、コロナの濃厚接触者への連絡をもう行わないことになりました…」

 

ええええ~。
保健所に連絡をしたばかりでしたから、このニュースはびっくりです。

 

濃厚接触者と思われる人に、自分で連絡をしてくれということのようです。
もう保健所もいっぱいいっぱいで、もう無理という状態なんだろうなあ。

 

 

 

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濃厚接触者の定義が随分甘いのも負担を減らすため、そして今度はもう、管理も出来ないのでさらに負担を減らす。

 

本当に大丈夫なのかなどという言葉はもう超えてしまったほどの状態なんだと思います。

 

保健所との押し問答はロッカーで話をしていたので、ちょうどその場にいたかたが耳をすましていました。

 

そして、
「本当にたらいまわしなんですね」
としみじみ言っていました。

 

「流行りはじめた頃は、対策をしていれば、かからない!大丈夫!て思ってましたけど、今となってはもう無理なのかなあって」
「無症状でPCR検査で陽性ってかた、たくさんいるみたいですもんね」
「そうなんです。結局かかっちゃって終わるんだろうな~って、そんな気持ちになってます」
という会話を交わしました。

 

おばあちゃん、この状態で病院に行って、どこで誰にすれ違うかわからないだろうな。

 

家でわたしはマスクした状態で、母がクロワッサンとコーヒー食べてるぐらいなら、何てことありません。
病院の方がよほどリスクがありそうです。

 

またムラムラ、腹を立てながらも迎えに行くと、車椅子で母がやってきました。
私を見て、とれも嬉しそうな顔をします。

 

「少しだったら歩けそうですか?」
と聞くと、
「いやぁ、無理そうです」
とのこと…。

 

母が痛がっているのは、太ももでした。
思ったよりも悪そうです。車に乗るのがつらそうです。

 

なんとな瞬間的に悟りましたが、これは本当に骨折していそうです。

 

じゃあなんで一週間もー!!
と思わないこともないですが、ここは我慢で、母に車に乗ってもらいました。
痛いは痛いようですが、無事な足で踏ん張ることはできます。

 

前日に電話して通院することを伝えていた病院は私の家から近いのですが駐車場がありません。
うちからは5分の距離なのですが、その5分を歩くことはできなさそうです。

 

しまった、やはり大きな病院に行くべきだったか。
それとも、駐車場のある別の整形外科に初診で行くか…今から?
電話もしちゃってるのに?

 

母は車に乗り込む時に痛そうにしかめっ面をした他は、いつも会ってるのとあまり変わりはありませんでした。

 

私に会えて嬉しそうな顔をしているのが私も嬉しいです。
「やっぱり会えないというのは嫌だよ」
と本人に言いました。

 

すると母は元気よく
「私は平気。大丈夫大丈夫」

 

昔から句、こういう強がりを言う人だったなと思いました。

 

このようにスタートは割といい感じで始まったのですが、その後にやっぱり困りました。
駐車場がないので歩いて行かなければなりません。

 

母に歩けるかどうか聞いてみると顔をしかめてやっぱり無理と言います。
実際に車のドアを開いて試していましたが厳しそうです。

 

というわけで、行こうとしていた整形外科に連絡しました。
車椅子が借りられるかどうかを聞いてみます。
こころよくOKしてもらえたので、借りに行くことにしました。

 

 

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